パパグロッソの街歩き・一人旅

リタイア組です。身体は太いですが、ブログは細々と続けていきます。

11月23日 ホーチミン1日目

今日はシェム・リアップからホーチミンまで飛行機で移動します。

ホー君にシェム・リアップ空港まで送ってもらいます。結局彼とは6日滞在のうちの5日も顔を合わせていたことになりました。

シェム・リアップ空港は小さな空港です。


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機内持ち込み不可の品物の案内がチェックイン・カウンターの後ろのモニターに絵で表示されます。

榴弾やダイナマイトの絵が表示されると、やはりカンボジアはちょっと前までは戦場だったんだな、という思いが一層強くなります。

飛行機までは歩いて行きます。のどかなものですね。



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ホーチミン行きの機材はA321。近距離はエアバスに乗ることが多いですね。

座席は180席くらいありそうですが、乗客はどうみても30人ちょっとくらい。

そのせいか定刻の午後2時20分より20分も早く飛行機が動きだし、テイクオフしたのは午後2時9分でした。

こんなこともあるんですね。

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ホーチミンのタンソンニュット空港に着いたのも予定より早く、定刻の午後3時20分のところが、午後2時55分にはタッチダウンしました。




ホーチミンに来るのは名古屋勤務時代の 2007年以来2度目です。

空港から宿のある市内中心部まではバスもありますが、暑い街の中をカバンを引きずりながら歩くのはしんどいので前回同様タクシーで行くことにしました。

前回はVINAタクシーというのが一番信頼できる、という評判でしたので出国審査を終えて入国するとすぐにその会社のスタンドまで歩いて行きました。今回はVINAタクシーそのものが見当たらず、どうやら様子が変わっているようです。

結局、空港の窓口で定額のタクシーチケットを買うことにしました。

市内中心部まで200000ドン。ゼロが多くて訳がわからなくりそうですが、1万ドンが大体50円くらいですので、1000円くらいでしょうか。

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6年前はこうした制度には気がつきませんでしたので、悪評が高いホーチミンの雲助タクシー対策として始まったのでしょうね。



タクシーで市内中心部に向かう時、バイクの多さは相変わらずでしたが、ひとつ6年前と変わったことに気がつきました。

6年前はヘルメットを被っている人はほとんど見かけませんでしたが、今度は皆ちゃんと被っています。

きっと死亡事故が多発し取り締まりがきびしくなったのでしょうね。

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宿に着きますが、荷物はカバンから最小限のものを出すだけにしました。

というのは、今回ホーチミンに来たのは飛行機の乗り継ぎの都合のためで、2泊するのも1泊だと身体がきついだろう、という理由からです。

そのため市内観光は前回済ませていますし、特に観光をする予定は組んでいませんでした。


それでも宿の部屋にいても仕方ないので夕方にブラブラと散歩に出かけます。

前回来たのが1月でしたので今回の方が少し暑い気がします。

一箇所だけ再訪出来るのを楽しみにしていたのが、薄いビールを飲ませるビアホイでした。しかし建物はありましたが、店はしまっており営業している様子はなさそうでした。

いた仕方なくブラブラと街を歩くうちに少しくたびれたので、レロイ通りというメインの通りのバクダンという有名なカフェで久しぶりにベトナムコーヒーをいただき休憩します。

お値段は53000ドン。


会計を頼んで英語でFiftythree thousand!と聞くとドキッとしてしまいます。

どうもゼロが多いと精神衛生によくないですね。実際は265円です。


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夕方暗くなってから夕食に出かけます。

観光客に人気のベンタイン市場の周りには屋台街があり、前回もそこでベトナム料理を楽しんだことを思い出したからです。



ところが土曜日のせいなのか、屋台が見当たりません。こんなあたりも6年前と変わったところなのでしょうか。


やっと見つけた屋台はおこわをふかしたものを路上で売っていました。

これも面白そうだと気を取り直し、何種類かあるおこわの中から小豆と一緒にふかした、見た目は赤飯にそっくりなのを立ち食いでいただきます。

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ひと口食べて『おっ、日本と同じだ!』と思った瞬間、次にドッと甘さが押し寄せて来ました。砂糖がまぶしてあったのです。これには苦笑いするしかありません。


結局、赤飯もどきでは満たされず、帰りに宿の近くの『かつ吉』で焼酎お湯割り、サンマ塩焼き、豚肉串焼きをいただいてしまいました。

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お値段は心臓に悪い274000ドン(約1400円)でした。


久しぶりのサンマも美味しかったですが、一番のツマミは店にあった当日の日本のスポーツ新聞と少し古い週刊新潮でした。

日本語を食い入るように読みながらほろ酔い気分でリラックスすることができました。