パパグロッソの街歩き・一人旅

リタイア組です。身体は太いですが、ブログは細々と続けていきます。

12月17日 バンコク 5日目(コルカタ1日目)

12月17日、いよいよインドへ出発する日が来ました。
 
 今回のインド行きはバンコクコルカタカルカッタ)の往復航空券を購入し、到着日と翌日の宿だけは予約してありますが、それ以外は全く何も決めていないままのインド入りとなりました。
 
 イメージとしてはコルカタでしばらくのんびりしたあと、デリーアーグラー(タージ・マハルがあります)くらいは行ってみたいな・・・できればバラナシ(ベナレス)に行ってガンジス川での沐浴を見てみたいな・・・この程度のことくらいしか頭になく、実際にはインド入りしてから考えよう、というかなりいい加減な計画のままでした。
 
 
 
 当初の出発便は昼間発でしたが、エアアジアの都合で午後10時55分発というとんでもない時間の便に変更させられました。どうも出鼻をくじかれた感じです。
 
 そのため、時差が1時間30分ありますが、それでもコルカタに着くのは現地時間の午前0時15分という更にとんでもない時刻になってしまいます。
 
 何が起こるのかわからないインドでは、昼間ですら空港から宿までたどり着くのが大変だ、と思っていました。
 
 それなのに悪漢が跳梁跋扈?する深夜に到着ですから正直言って困りました。タクシーはあるのでしょうがタイの雲助よりよっぽど年季の入った大雲助がウヨウヨいそうな感じです。
 
 空港の両替所もあるのかもしれませんが、念のためバンコクの街中の両替所でインドの通貨を1500ルピー(3000円)だけ手に入れておきました。
 
 
 ということで当初は不安ながらも自力で宿にたどり着こうと思っていたのですが、あるとき何気なく予約サイトで宿のサービスをもう一度見てみると空港送迎が可能であることがわかりりました。
 
 そこで宿にメールして空港までの送迎が可能か確認し、有料(700ルピー 1400円)ですが迎えに来てもらうことにしました。
 
 
 
 
 アマリ・ホテルをレイトチェックアウトにしてもらい、午後8時までホテルでごろごろしてからドン・ムアン空港に入ります。
 
 
 コルカタ行きに利用するLCCのエア・アジアは荷物の重量制限には大変厳しく、チェックインカウンターの横には重量制限超過の場合の超過料金を支払う専用の窓口があるくらいです。
 
 超過料金のこともありますが、重い鞄を引っ張って歩くのもしんどくなってきたので、荷物をもう一度見直すことにしました。
 
 この2か月であまり使わなかったもの、インドでも現地調達が可能と思われるもの、訪問済みの国のガイドブック等をまとめ、空港内にあったTHAI POSTの窓口でEMSを申し込み、日本に送ることにしました。バンコクから日本まで1215バーツ(4000円)かかってしまいましたが、だいぶ荷物は軽くすることができました。
 
 
 
 
 FD2671便 コルカタ行は空港から本日出発する最後の便だったんですね。
 
 
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 チェックインは定刻3時間前から始まります。
 
 搭乗券はスーパーのレシートみたいな感熱紙でした。話には聞いたことがありましたが実際に手にするのは初めてでした。ソウル便のエア・アジアは普通の紙の搭乗券でした。このあたりのコスト削減は徹底しているんですね。
 
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 出国手続きのカウンターでパスポートを係官に渡すと、日本のパスポートを見て係官が「コンニチハ」と挨拶をしてくれました。
 
 すかさず隣の暇そうな係官が「そうじゃないよ(多分タイ語でそう言っていたと思われます)、コンバンワだよ」というので大笑いしてしまいました。雲助もいるけどやはりタイはいい国ですね。
 
 
 搭乗待合室に進むと結構な数の乗客がいます。大半はインドかパキスタンとい感じの乗客でした。
 
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 搭乗待合室に入る前に入口で手荷物の重さのチェックがあります。制限重量をオーバーしていそうと見られると、秤でその場で計測する厳しさです。
 
 重さをめぐって係員と言い争っている乗客もいました・・・。
 
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 今夜の機材は定番のA320-200です。座席は(合成?)皮革製です。一見豪華に見えますが、この方がメンテナンスに費用がかからないようですね。
  
 
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 LCCと言えば狭い座席が相場です。確かにピッチは普通のキャリアと比べると短いですが、短足のワタクシには特に問題はありません。
 
 
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 席は8割程度の混み具合でしょうか。たまたまインド人のグループの隣に座ったため、果てしなく続くインド人のお喋りを聞かされる羽目になりました。
 
 インド人ってお喋り、もとい議論好きなんですね・・・。
 
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 定刻より少し早く飛行機は動きだし、午後11時01分にテイクオフ。
 
 特に揺れることもなく、多少うつらうつら眠ったようですが、予定より少し早くインド時間午後11時57分、コルカタチャンドラ・ボース空港タッチダウンしました。
 
 沢木耕太郎の「深夜特急」では彼がエア・インディアで到着したカルカッタの空港を「ダムダム空港」と書いていますが、同じ空港なんでしょうかね・・・。
 
 
 あらかじめ日本でビザを取得していたため、入国審査も簡単に済みました。
 
 
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 インドというこれまで旅してきた国とは全く異次元の国(と思い込んでいます)に着いた緊張感で眠気も感ぜずにバゲージ・クレームに進みます。
 
 館内の照明は薄暗く、かすかにインド音楽が流れています。
 
 しばらく待って荷物を取出し、税関を通過して外に出ると無事迎えの運転手と出会うことができやっと緊張が解け始めました。
 
 かつてトルコに入国したときは迎えの車が来ていなくて大騒ぎしたことがあったからです。
 
 
 
 
 深夜のコルカタの街は意外に街灯があり、プノンペンほど暗いことはありませんでした。
 
 さすがに車の通行量は少なく、運転手はかなり飛ばします。
 
 しかし通りのところどころに KOLKATA POLICE の名前の入った柵が置かれ、車がスピードを落として左右に避けて行かないと通行できないようにしていました。警棒を持った警官も見かけます。
 
 通りの左右の建物を見ると、よく見えないところもありますが、かなり汚れた古い建物が多そうでした。
 
 空港から40分ほどで宿のあるサダル・ストリートに着きました。
 
 
 
 サダル・ストリート周辺の路地にはバックパッカーには有名な安宿が並んでいますが、南京虫と寝る?のも嫌なので、少しお金を出してサダル・ストリートに面したアストリア・ホテルを予約していました。
 
 
 
 ホテルにチェックインする際、大きな宿帳にサインさせられたり、どういう訳か父親の名前も書けと言われます。
 
 いずれもインド流なんでしょうね。ワタクシの父親は20年以上前に亡くなっていますが、一応名前は書いておきました。
 
 まだ周りの様子もよくわかりませんが、無事ホテルについてからいよいよインドに来たんだ、という気持ちが湧いてきました。