香港・マカオ散歩行 20.1月24日(木)③マカオ半島を散歩
マカオの名前の由来のありがたいお寺を参詣したあとは、Rua Calcada Barra (媽閣街)、Rua Padre Antonio (高樓街)といった通りを進んでその周りの名所・旧跡を訪ねながら北へ向かいます。
このあたりはちょっと西洋風の雰囲気ですね。
画面に見える細い坂道を上がっていくと西望山とい小高い丘の上にでます。
そこには17世紀の初めに建造されたペンニャ教会が立っています。セドナ広場や有名観光地は観光客だらけでしたが、このあたりまで歩いて登ってくる観光客はまばらでした。
ここは穴場スポットで、高台にある教会前の広場からの眺めがとても素晴らしいのですね。
右側に見える橋を通っていくとタイパ・コタイ側に行け…るはずです。
左側に見える緑の山並みは中国大陸ですね。
上海出身の素敵な中国人女性と国際交流もちゃっかり、もとい、しっかり、行いました。
散歩を続けます。
ここは鄭家屋敷と呼ばれる大きな邸宅です。中国近代の著名な思想家・鄭觀應という人が住んでいた屋敷の跡ですが、とにかく広い邸宅跡でした。
家族だけでなく一族郎党で済んでいたのでしょうね。邸内も天井が高くとても広いつくりになっていました。こういう空間に住んでいないと優れた思想は思いつかないのでしょうね。なんの思想かはしらべませんでしたけど。
街歩きの間にいくつかキリスト教の教会を訪れましたが、この聖ヨセフ教会が一番印象深かったです。
このドーム型の天井なんて、とってもきれいですよね。
ワタクシが一番印象に残った理由は様式美ではなく、この教会にこれが安置されていたからです。
おわかりになりますか?
フランシスコ・ザビエルの腕の骨です。
本物…なんでしょうね。教科書でしかお会いしたことのないザビエル先生の遺骸の一部とこんなところでお会いできるとは…。
打って変わって、こちらはTeatro D Pedro V(崗頂劇院)という元劇場です。19世紀の後半に建てられたもので、西洋式の劇場としては中国で最初にたてられたものだそうです。
2階席も入れて座席数300のこじんまりとした劇場ですが、オーケストラボックスもあって、きっとオペラも上演されたのでしょうね。
今は公共的なイベントの会場として現役として使用されているとのことでした。
小さくても日本にもこういう劇場があったらなあ…。
劇場の近くのエリアはとても中国とは思えない、ポルトガル・西洋風のたたずまいをしています。
そこを訪ねて歩いていくのもまた楽しいものです。
このあたりまで来ると前日に訪れた民政総署やセドナ広場もすぐそばです。
GALOという名のお店でした。
あとで宿に戻って確かめるとガイドブックにも載っていました。店名はポルトガル民話の「幸運の雄鶏」のことだそうです。
お店に入って一人であることを告げ、席に案内されました。
案内してくれた女性店員はなんと横田基地で2年間仕事をしたことがあるそうで流暢な日本語を話します。
日本人と分かっていろいろと気を遣ってくれます。幸運の雄鶏のご利益でしょうか。
まずは、ビールを頼んで喉を潤します。
天気もいいので日差しも強く、冬とは思えないポカポカ陽気だったので喉が渇きました。
お料理はポルトガル風のフライド・ライス。香辛料が利いていて中な美味しかったです。
女性店員と数日ぶりですが、日本語で不自由なく会話ができたので一層美味しく感じました。
ビール2本とお料理で153パタカ(約2,080円)。朝のお粥の店と比べると贅沢ですが、たまにはいいでしょう。
横田基地の女性にもチップをはずんで店を出ます。