パパグロッソの街歩き・一人旅

リタイア組です。身体は太いですが、ブログは細々と続けていきます。

ファド・ハウス体験記

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 せっかくリスボンに来たのだから、ファドを聞いてみたい。
 かつて若き沢木耕太郎氏は、店から流れてくる曲を路上で楽しんだが、遅くなると治安が悪いこの頃はちゃんと店に入ったほうが安全なようだ。

 アルファマの「ア・バイウカ」のように、店員がファド歌手を兼ねるような気軽な店もあるようだが、初めての経験なので一応ホテルに頼んで一流歌手が出演しているというバイロ・アルトの「ア・セヴェーラ」を予約してもらう。ショーは夜8時過ぎから始まり、深夜まで続くという。帰りはタクシーを呼んでもらうしかない。

 後日、アルファマを散歩したときに「ア・バイウカ」を見つけたが、車が通れない狭い路地に面していた。タクシーに乗るには、狭い道を登ってトラムの走っている道に出るか、逆に下ってテージョ川沿いの広い道に出るしかない。深夜は怖そうなエリアであったので、ファド鑑賞入門編としてはこうした大手の店で正解だったのだろう。

 ガイドブックには食事をしないミニマム・チャージが18ユーロと書いてあった。ショー・チャージのことだろうか。飲み物は別料金なのか、頼んだ飲み物が18ユーロを越えたら追加料金があるのかガイドブックの記述ではよくわからない。いずれにしろ、食事をとらず、飲み物だけでもファド鑑賞はできるようである。

 予約していた夜8時に店に行く。入口で予約している旨を告げると店内へ。入口の左の壁際の席に案内された。ショーが演じられる場所からは一番離れた場所のようである。一人客だから仕方がないか…。

 ウェイターがすぐやってきて慇懃に来店の礼を述べ料理の注文を取る。料理を頼む気は最初からなかったので「腹が減ってないので何か飲み物が欲しいのだが、それでいいか?」とちょっと卑屈な注文の仕方をしてしまった。ウェイターはそういうお客はいるし問題ない、という趣旨を丁寧にかつ慇懃な言い方で述べ、飲み物のリストを持ってきた。

 メニューではミニマムチャージは19ユーロとなっており、すでにガイドブックとは相違していヒヤリとする。とりあえず赤ワインのハーフボトルを頼む。それでも15ユーロもする。ミニマムチャージとあわせて34ユーロ?? それとも内枠なのか?? クレジットカードを持ってきたからいいか…。

 このあたりで、自分が大きな勘違いをしていたことに気がついた。「歌手が一流」ということは、出演する「店も一流、値段も一流」ということなのだ。きちんとした服装のウェイター。落ち着いた店の内装。真っ白なテーブルクロス…。観光客も少しいるが、客もきちんとした服装で、しかも中高年の客が多い。Gパンを穿いている客は自分だけ?

 海外では安食堂や屋台しか行かない自分から見ても高そうな店ではないか。一流料理店に来て、料理も注文せずに飲み物だけ…。いまどき、名古屋・栄地下街の居酒屋でも酒・ビールだけの客を敬遠する店もあるのに…。

 隣のテーブルに地元のオバサマたちがやってきた。こちらも整った服装をしている。一人が手にした料理メニューを覗くともなく見ると、料理の値段は一皿15ユーロくらいから…。小生は今日は一番売上のない客なのか…。だから端っこの席に案内されたのか…。

 よく考えれば、結局、一人客は自分だけなので、前の席では却って居心地がよくなかったろうに、この時点ではこんな妄想?に苛まれはじめていた。
 これではならじ、と開き直って赤ワインをぐびリと飲むと、むせて咳き込んでしまった。隣のおばさまたちもびっくり。一人が自分を見て笑っている。ますます気が滅入る…。

 照明が落とされ、ショーが始まった。ファドを聴くことに集中し、余計なことは考えまい…。アマリア・ロドリゲスのCDで聴いたことのある曲も含め、ファドは素晴らしかった。女性歌手が二人と男性歌手が二人。歌詞はさっぱりわからなかったが、物悲しい曲想のもの、楽しげなものとバラエティーに富んでいた。伴奏はギターと金属音が美しいポルトガル・ギターのみ。マイクは使わない。

 前の席の女性客が突然、歌手の向こうを張って途中から大音量で歌い出した。歌手のお株を奪う美声に満席の客から拍手喝采ポルトガル人にお馴染みの曲では皆が大声で大合唱するシーンも見られた。ファドというのはシンミリした曲だけだと思っていたが、こんな歌声喫茶みたいな雰囲気の曲もあることは軽い驚きだった。

 民族衣装を着た舞踊をはさんで4人の歌手が歌う。休憩をはさんで2クールが終わったところですでに午後11時過ぎ。

 ファドの雰囲気は十分堪能したし、余計な気疲れもあったのでそろそろ頃合とタクシーを依頼する。


 慇懃ウェイター氏が持ってきた請求書をおそるおそる見ると「ミニマム・チャージ19ユーロ」としか書いていない。途中でミネラル・ウォーター1本8ユーロを追加したので赤ワインと一緒に出されたツマミも含めて50ユーロくらいは覚悟していたのだが…。飲み物代だけでもミニマム・チャージは超えていそうなのに…。余計な気疲れをした自分のバカさ加減にもあきれはて、なんだか気が抜けてしまった。

 …歌詞がまったくわからなかったが、ある曲に「コインブラ」という地名が何度も出てきた。おそらくコインブラに対する哀愁の気持ちを歌っているのだろうが、とても印象的な曲であった。それをきっかけに翌日、特急に乗ってコインブラに行くことにした。